訪問介護のこれから

訪問介護業界の現状

国は『施設から在宅へ』をモットーに、介護保険が出来た当初から在宅介護を推進してきました。
また、介護士の給与の向上や地位向上を目指し、様々な処遇改善加算を作り出して改善を図ってきましたが、介護士の人手不足は止まりません。
介護業界全体で求人倍率4倍、訪問介護に至っては16倍の求人倍率となっています。
これは、1人の求職者を16社が狙っているという状態です。
この求人倍率により人材紹介会社が活躍(暗躍)しています。

このままでは、いざ介護が必要になったとしても介護士が居ないことにより、訪問介護サービスを受けることができなくなる事も懸念されます。
将来的には『少ない介護士で多くの要介護者のケアを行う必要がある』ため、国はその未来を見据えて介護保険制度の設計をし直しています。
2024年度の介護報酬改定で『訪問介護報酬減額』がされました。
コレにより従来型訪問介護事業所の閉鎖を加速させ、集合住宅併設型訪問介護事業所がよりヘルパーを確保しやすく運営し易い状態が出来ました。

これは『在宅から施設へ』国の方針が変わったことを意味します。

訪問介護の移動問題

少ない介護士で効率的に介護を行うためには『高齢者を1箇所に集めてしまう』これが最強で最高効率になります。
本来の在宅介護では、『事業所→移動→利用者A宅→移動→利用者B宅→移動→利用者C宅→移動→利用者D宅』と言った形で必ず移動が発生します。
また、急にケアが伸びたり交通状況などを加味すると余裕を持ったシフトを組まなければならず、移動の時間に30分見るのが普通です。
ケアそのものが1件30~60分と考えると、仕事時間の40%近くは移動に使っているということになります。
高齢者に一箇所に集まってもらえば、この移動にかかる時間・運賃やガソリン代・車両維持費などを0にして、一人の介護士でより多くの高齢者のケアをこなすこと出来ます。
少ない介護士で多くの要介護者を見るには正しい方法と言えます。

そのため、サ高住の建設に補助金を出すなどし、積極的に高齢者向け集合住宅を作っています。
松江市の訪問介護事業所も8割以上がサ高住などの集合住宅に併設されており、そこで効率的にケアが行われています。
介護士が決定的に不足しているため、そう遠くない未来『介護が必要になる=高齢者向け住宅(施設)へ引っ越し』という選択肢しか無くなる可能性があります

2つの訪問介護

訪問介護は、本来利用者宅へ出向き、そこでケアを行い、次の利用者まで移動する。この流れでサービスが提供されます。仮に、これを『従来型訪問介護』と呼びます。
また、『高齢者を1つの住宅に集合させそこで効率的に訪問介護を提供する』というサ高住のような『集合住宅併設型訪問介護』もあるのです。

訪問介護はもともと『移動→ケア→移動』これを1セットとして、移動を含めた料金設定がされているため、ケア時間が短時間ほど1時間あたりの単価は高くなる設定です。
例えば、身体介護30分が2,500円程ですが、60分では2倍の5,000円になるのかといえばそうはならず、60分で4,000円程となります。
訪問介護は、前後に15分(合計30分)ほど移動を考慮した金額設定なのです。

同じ訪問介護でも、サ高住のような集合住宅併設型は移動を考慮する必要がありません。実質移動時間0で次々とケアをこなすことが出来ます。
それでいて従来型と同じ移動を考慮された金額設定のため、短いケアであればあるほど飛躍的に利益率が上がります。
例えば、
60分の身体介護であれば加算を含めるとだいたい5000円の売上げですが、15分の身体介護だと加算含めて2,000円のため、60分で4件こなして8,000円の売上になります。
極端な例ですが、8時間労働で全部身体15分で回ったとすれば1人の介護士が32件訪問可能となり、その日の売上は64,000になります。
1時間2,000円を現場介護士、管理人件費として1時間1,000円として3,000円の人件費がかかったとしても、人件費率37.5%、事務所の維持費が10%としても実に52.5%の純利益となります。
方や、従来型の在宅介護であれば、前後の移動を15分として45分で1セットとなるため、身体介護15分のケアだと8時間で10件訪問となり20,000の売上げです。
現場介護士が1時間1,500円、管理人件費が500円として2,000円の人件費がかかり人件費率は80%、それに加えガソリン代が250円/件で2,500円、事務所の維持費が10%の2,000円と考慮すると、20,000の売り上げに対し出費が20,500となり、赤字なのです。

儲けすぎだからマイナス改定

・従来型訪問介護は利益率0~マイナス
集合住宅併設型訪問介護は利益率50%
上記で示した通り、同じ『訪問介護』でも、集合住宅併設型と、従来の訪問型では全く違うビジネスモデルと言えます。
しかし、この利益率の全く違う2つの訪問介護を『同じものとして全てひっくるめて平均値を取った』ため、訪問介護の平均利益率は平均7.8%となり、業界全体の平均利益率2%を凌駕しているため、『儲けすぎ』との理由で2024年の訪問介護は基本報酬が引き下げられました。

訪問介護事業所の40%が赤字と言われています。しかし実際は
・従来型訪問介護事業所の90%以上が赤字
・集合住宅併設型は90%以上が黒字
という見方が正しいです。

2024年度の介護報酬減額決定は従来型の訪問介護事業所に大きなショックを与えました。
ただでさえ赤字なのにガソリン代や車両維持費の高騰の煽りを受けて地獄を見ているところに、基本報酬の引き下げ、更に『賃金は上げろ』と言われているのです。
これは『高齢者向け住宅を併設できないような小さな事業所は潰れてしまえ』と言っているに等しいです。

大規模事業所が有利な理由

考えようによっては、『小さな介護事業所が潰れ、大きな事業所だけが残り、そこで効率的にケアがされれば良い』というのも一つの正解です。
訪問介護事業は、その性質上『介護士が2倍になり利用者が2倍になると、移動距離が半減する』という性質があります。
例えば、事業所の派遣エリアが100k㎡あったとして、介護士が1人であれば、その介護士の受け持ちは100k㎡ですが、2人いれば1人50k㎡ですみます。
また、100k㎡の受け持ち面積に対し利用者が1人しか居なければ、往復だけでも相当の移動がかかりますが、利用者が2人居て巡回すれば片道の移動の時間や距離が短縮します。このようにして介護士が増えれば増えるほど、利用者が増えれば増えるほど移動効率は上がっていきます。
移動という大きなコストを削減する方法は介護士と利用者の数を増やすことなのです。
そう考えると、介護士と利用者を多く抱える規模が大きな事業所ほど有利となるのは当然です。

そして、移動というコストを0にする究極の訪問介護事業運営方法がサ高住のような『集合住宅併設型訪問介護』ということになるのです。

サ高住経営者の考え

少し併設型訪問介護事業所の経営者になったつもりで考えてみてください。
まず、併設施設内にヘルパーを派遣すると売上の半分が純利益として残ります。
施設外にヘルパーを派遣しても、売上は1/2から1/3に減る上にそこで上がった利益は全く会社にプラスになりません。むしろ赤字なのです。
併設施設内のヘルパーですら人員不足の中で、わざわざ施設外にヘルパーを派遣するでしょうか?
また、下手に施設外の利用者を支援してしまうと『住み慣れた家でも暮らせる(介護士に来てもらえる)』と思われてしまい、『介護が必要=高齢者向け住宅へ引っ越し』という図式の実現が遠ざかるので、併設型施設の経営という観点からすれば施設外への派遣は100害あって1利無しです。
経営的には、例え同一建物内の訪問介護報酬を現状の15%カットから50%カットに大幅ダウンされたとしても施設内に派遣するほうが賢い選択なのです。

この50%の純利益というのはとてつもない利益率であり、コレほどの利益率の事業はなかなか存在しません。まさにバブルと言える程です。
ついでに言うと、サ高住を立てる際には様々な補助を受けることが出来ます。
しかもこの補助は年々先細りしており政府の目標数値に達したら補助はなくなります。
そして『同一建物減算の拡大』も将来必ず起こるため、利益率の高いうちにその利益を投資し併設型訪問介護バブルのうちに事業を拡大した者勝ちと思いませんか?
日本全国で急ピッチでサ高住が建てられているのは『儲かるから』です。

人材確保にお金をかける理由

サービス付き高齢者向け住宅は、一人の介護士が毎月80万の売上を上げ、40万の純利益を会社にもたらせるビジネスモデルですが、せっかくサ高住を立てたとしても、そこで働いてくれるヘルパーが居なければ利益を生み出すことは出来ません。一人でも多くの介護士を確保することが大きな利益を生み出し、事業拡大に必須である事を経営者としては理解しているため、サ高住による訪問介護士争奪戦が日本全国で繰り広げられています。
人材獲得は1人平均90万円と言われていますが、サ高住であればその人に3ヶ月働いてもらえばペイできてしまいます。
人材派遣会社もそのへんを理解して介護士一人平均90万とか年収の30%という強気の値段設定をしてきますが、問題なしです。
その結果が今の『訪問介護の求人倍率16倍』という状況を生み出しています。

在宅介護の終焉

日本全国で次々とサ高住が建てられています。
高齢者を一つに集めて効率的に介護を提供する事が少ない介護士で多くの高齢者のケアをこなすための正解といえます。
国は事業所が大きくなればなるほど効率的に介護が行われ、介護士の処遇も改善されると考えています。
2024年はサ高住に圧倒的に有利な介護報酬の形態を維持する大手事業所優遇政策を取り、基本報酬引き下げにより『従来型の小規模訪問介護事業所を潰す』政策を実行しています。今後の3年間で併設施設を持たない事業所の多くが倒産や事業所閉鎖に追い込まれるでしょう。
そして多くの介護士がサ高住や施設で働くようになるため、サ高住経営者にとっては小規模事業所が潰れる流れは大歓迎なのです。
当然ですが、サ高住は外にヘルパーを派遣しなくなります。

併設型の事業所しか無い状態=『介護が必要になり次第、住み慣れた家を出なければならない状態』です。
高齢者向け住宅や施設の中でしか介護をうけられない未来がすぐそこまで迫っているのです。

しかし、利益0で事業をしていた従来型小規模事業所が淘汰されたら、今の算定方法であれば訪問介護の利益率が30~40%になります。
利益率2%を基本とする介護保険ですから、必ず『同一建物減算』が拡大します。サ高住に対しいきなりマイナス40%程の減算をする可能性があるのです。
そうなると、サ高住で働く職員の給与も下げざるを得ません。

介護士の未来

集合住宅併設型の事業所と、従来型の訪問介護事業所は働き方が全く違います。
詳しくは以前の記事を読んでいただくとして、まとめると

併設型は、従来型の2倍のケアをこなし、3倍の負荷に耐え、1.3倍の給料をもらう

という働き方です。たしかに給料は2~3割良いですが、体と精神にかかる負担は3倍です。
体力に自信がなければ相当きついです。当然体を痛めたり精神的に辛くなるなど、介護士としての寿命は確実に縮みます。
従来型の訪問介護は効率こそ悪いですが、介護士への負担という観点から見れば1/2~1/3で済むのです。

従来型の訪問介護事業所が淘汰され、併設型の事業所しか働き口がない場合、介護士の年齢層は確実に若くなります。体力が無くなると出来ない仕事になるからです。
現在の訪問介護士の平均年齢は55歳ほどですが、高齢の介護士や体力に自信のない介護士が離職するため、ますます介護士不足は加速するでしょう。

国から見れば安い金額で介護士を限界効率で稼働させられる為、いい事づくしです。
しかし現場で働く介護士視点では『限界まで低い給料で限界まで効率的に働かされる』ということです。

従来型訪問介護が無くなった後

従来型の訪問介護事業所が無くなった後の世界を想像してみましょう
①介護が必要になったらサ高住か施設へ行かなければならない
②サ高住や施設に入れない場合、家族が介護するしかない(介護離職・家族の関係性の悪化)
③体力のない介護士は離職するしか無くなる(介護士不足が加速)
④同一建物減算の拡大によりサ高住の給与が下がる

【利用者本人や家族】
介護が必要となった時点で家族と一緒に暮らせなくなります。住み慣れた家・思い出の詰まった家・一番落ち着ける場所を離れる事になりますが、施設に入れた人は幸運です。施設や集合住宅にも入れない場合、家族に面倒を見てもらうしかありません。自分の子や孫に下の世話等もしてもらうのです。家族に大きな負担が来ます。頼む側も申し訳無さや情けなさ、恥ずかしさを感じるでしょうが家族に頼るしかありません。でも、面倒を見てくれる家族すら居ない人に比べたらまだ良いといえます。
面倒見てくれる家族が居ない場合、本当にどうして良いのかすらわかりません。ケアマネが付いたとしても誰も家に介護に来てくれないのです。
見かねてケアマネジャーが業務外で訪問し対処する事例も多くなるでしょう。実際に地方ではケアマネジャーが「身内かよ」って言いたくなるほどあらゆる事をせざるを得ない状況が発生しています。
訪問介護士の居ない地域では、介護が必要となった瞬間から一気に様々な決断を迫られます。

【介護士にとって】
介護士にとっても厳しい未来が予想できます。
同一建物減算が強化され『移動を考慮しない金額設定になる』と、今までのような給料は貰えません。
従来型訪問介護事業所の2倍働き、3倍のストレスに耐えても、給料は1倍になります。
減算の影響で1.3倍あった給料が2~3割減るのです。体を壊したり精神を病む可能性が3倍あるのに給料は下がるのです。
介護士は体力がなければ出来ない仕事になります。また、体力があっても体を壊す介護士が激増するのですが、体力がなくなったら従来型の訪問介護で登録ヘルパーやパートで働くという選択肢も無くなるのです。介護士の業界離れが進みます。

【併設型を運営する事業者】
今までは従来型の訪問介護事業所が利益0で存在してくれていたおかげで平均利益が7.8%で済んだだけですので、利益0の事業所が淘汰されて併設型が超高利益率であることが世間に知れ渡り、今以上に世間のヘイトを集めてしまい、大幅な減算がされるのは確実です。
『国はハシゴを平気で外す』これは間違いありません。必ず利益率2%になるように削ってきます。

【国・県・市町村】
・少ない介護士で一人でも多くの利用者のケアが出来る集合住宅型介護を主流とすることで、介護士不足を解決することが出来る。
・同一建物減算を拡大する事で、介護士の給料を上げること無く2倍働かせることが出来るため介護保険料の節約になる。
・小さな事業所が潰れることで、大きな事業所のみ管理すればよいので管理が楽になる。
・地方や過疎地の高齢者をどんどんとその地域から移すことによりコンパクトシティ構想が捗る。


(見えてくること)
国や地方自治体にとっては小規模事業所を潰したほうがメリットが大きいのです。少ない金額で多くの高齢者のケアを任せることが出来るのです。
しかし、より少ない金額で介護士を使えるということは、事業所や介護士の仕事量の増加を意味します。また、介護が必要となった時点で家族の人生にも大きな影響を与えるようになります。このような未来がもうすぐそこまで来ています。

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